カオスとしての経済学(非線形性経済学の必要性について)

リーマンショックが、2008年夏。予測していた人も居るのであろうが、多くの個人投資家は、ある日突然、資産の価値を失った。

そして、日本の3.11。一日という長い時間でなく、ほとんど瞬間と言える時間で、経済的なだけでなく、もっと大事なものを多くのものを失った。

その前に、ハイテクバブルの破綻が世界的に起きて、破裂した。

日本では、1993年にバブル経済が破綻し、未だに立ち直れないでいる。

その前にも、プラザ合意による円高不況、石油ショック、繊維輸出摩擦。

そして、1945年8月15日。日本は破産した。

世界的には、1929年の世界恐慌。

経済は上がったと思ったら、突然落ちることを繰り返している。

それで、そういう似たものとのアナロジーを考えてみた。その結果、天気予報が似たものとの考えに至った。

日本の気象庁が出す気象予報は、基本的に7日先までである。より長期の予報も出されるが、定量的なものでは無い。晴れるか雨かは、一週間である。それさえ、コロコロ変わる。

なぜ天気予報が一週間しか出来ないか?海を含む地表面と大気圏の計算が、一週間程度しかできないからである。計算はしようと思えば、解はでる。ただし、気象現象が、複雑な物理現象の集まりなため、幾ら先まで計算をしても、その精度が担保出来ないのではないかと思う。これは、私の類推である。

気象用語に『バタフライ効果』と言うものがある。例えば、中国の内陸部の何処かで、蝶々が羽ばたいたとする。蝶々の羽ばたきは、非常に小さな圧力変動を大気に与える。ただし、その小さな圧力変動が、どこまで伝わるかを予測するのは、難しい。

恐らく、高い周波数なら、簡単に減衰すると予想できる。しかし、ユックリした羽ばたきは、以外と遠くまで伝わるかもしれない。伝播した圧力変動が、安定とは限らない。蝶々の羽ばたきと気象条件によっては、圧力変動の振幅が、時間と空間に対して不安定な条件も考えられる。つまり、振幅が大きくなる。中国内陸部の蝶々の羽ばたきが直ぐに台風になることはありえない。しかし、蝶蝶の羽ばたきをきっかけに台風に発達する気象現象が起きることは考えられる。これが『バタフライ効果』である。台風は南太平洋で発生する。そのきっかけは、特定の箇所の海水温度の上昇であると言われている。海水温度が高くなり、周囲の空気の温度も上昇する。暖かくなった空気は密度が下がり、その周囲に空気の対流が発生する。ちょっとの水温変化や気温変化をきっかけに、小さな低気圧は数日の時間をかけながら、台風にまで成長する。蝶蝶の羽ばたきは起因ではないかも知れないが、台風の起源はもともと小さな低気圧である。現在の気象観測網で、その小さな台風の起源を見つけることはできない。

さて、経済学へのアナロジーである。

具体的な方が良いと思うので、例で説明する。
AppleがiMacにiTunes1.0を添付したのは、2000年である。 当時は、iTunesストアもなく、CDからのインポートが主であった。docomoがFOMAのサービスを開始したのは2001年である。トヨタのプリウスの発売は1997年。この三つの技術革新はいずれも発展した。だが、サービスや商品が投入された当時に、iTunesはiPhoneへの進化し、プリウスは国内販売首位になることは予想したひとはほとんど居ないはず。一方、FOMAは恐らく、あと数年でフェーズアウトであろう。

何を言いたいかというと、今隆盛を極めるAppleにせよHV車にせよ、その始まりは小さなものであったと言うことだけである。しかし、今では、iPhoneやHV車の販売は、経済記事で大きな扱いを受ける。Appleやトヨタの売上げや利益の浮き沈みは、経済的に大きな影響を持つ。

別の例を挙げる。人材派遣は1986年に法律で特定職種を限定し解禁された。そして、1999年に適用される職種が拡大された。2004年には製造現場への派遣もOKとなる法改正がなされた。そして、リーマンショックをきっかけに製造現場の派遣社員の派遣切りが社会問題となった。また、請負で契約しながら、実質派遣という偽装請負も、大企業、当時経団連会長を出していたキャノンでさえ行われた。

1986年の時点で人材派遣は通訳など特定業種であり、個人の能力を正社員と言う雇用形態では十分に発揮できないと言うことへの答えとして導入された。その考えは間違っていなかった。しかし、その後、悪知恵が働く人が居て、正社員を派遣社員に切り替えると、労務費のコストダウンになると提案する、派遣会社が現れた。これは、特に女性事務職と男性技術職(特に設計業務)に広まった。一度味わった蜜の味は忘れられず、企業は、アウトソーシングと言うカタカナ言葉で、末端社員の仕事を派遣社員に切り替えっていった。その結果、不安定な雇用形態が一般化し、特に若年者の所得減少と就職後の教育機会減少と言う、負の労働条件サイクルが続いている。

その間、大企業の労働組合は、派遣社員を身内とは考えず、自分たちへの労働分配率を高めることだけを目指した。また、総労務費を削減した企業は、増えた最終利益を、正社員にさえ還元せず、配当性向の上昇と言うことを行った。

すなわち、一つの小さな法律の制定が、その後の雇用問題の起源になっている。

別の例である。
財政法は、太平洋戦争と日中戦争時の戦時国債発行による敗戦後の過剰なインフレを反省し、赤字国債の発行を違法としている。しかし、1965年に一年限りの特例処置として、特例国債を発行した。当時は行動成長期であるから、直ぐに返済可能であったろう。その後、1975年に歳入不足を補うと言う理由で再び発行された。しかし、バブルの頃には税収増にともなって、発行されなかった。

そして、1993年以降、毎年特例処置法を更新して赤字国債が発行され続けている。1965年のちょっとしたきっかけが、今の日本の停滞の大きな根源にまで発展してしまった。

そして、3.11である。地震と津波だけならば復興予算だけ済んだ。しかし、福島第一原子力発電所の事件(事故とは言わない)は、日本のエネルギーリソースを一気に不安定にした。F1の事件は、時に日本の原子力村の閉鎖性などに矮小化されて報道されるが、そのきっかけは、1957年に茨城県東海村に日本で最初の商業原子力発電所を作ると決めた経緯にまで遡る。

つまり、経済は、ほんの小さな変化が、後に大きな事業となったり、経済停滞の起因となったりしている。

経済学では統計学を頻繁に使うが、統計学というのは、過去のデータしか使用できないという特徴を有する。 未来を予測できないのである。

かつ、多くの小さな変化が常時起きる人間活動において、そのどれが、未来に影響するかなどと言うのは、蝶の羽ばたきと気象現象の関係と同様に、人の観測網で検知できない規模のものである。多くの経済学は、蝶の羽ばたきが『ある程度大きく発達』して、観測可能な大きさになってから、やっと研究の対象とする。しかし、それが、どのように未来に影響するかは、予測不可能である。

経済学では、景気循環などとあたかも浮き沈みは当然のように理論付けする。また、複雑系などと言って、多変量解析を使って、あたかも未来予測が可能なような研究を行う。しかし、たった一つの法律施行が、後にどのようなことを生じさせるかを吟味することは、ほとんどない。なぜなら、経済学者の観測網では測ることが出来ない変化だからだ。

今年、自民党政権はデフレ脱却として、積極財政に舵を切る。 多くの小さな変化が現れる。 それは、短期的には良い結果を生むかもしれない。今を生きる人には一助となりえる。しかし、その影響が将来どのように変異するかは、ほとんど検討されない。それは、小さな変化(=数学的には不連続点)とマクロ経済との関係が精々2、3年程度でしか予測できないからである。1週間分の天気予報の精度と似ている。

『人は自分にとって都合の良い現実しか見ない』と2000年以上前にユリウス・カエサルは言っている。

1965年の特例国債発行は、国の財政からみて無視できるほどわずかな変化であったであろう。しかし、今の日本の赤字国債の発行額とその累計は、日本の経済規模において無視できない大きさである。つまり、経済の線形性を失い、ちょっとしたきっかけが大きな変化に発展してまう「非線形性の強い」状況である。非線形性は物理学においても、未だ取り扱いの難しい問題である。ましてや、未来を予測する連立微分方程式が無い経済学において、非線形性の問題をどのように扱うか?

経済学者は、過去を研究するのではなく、未来をどう予測するのか?それも、非線形性をどのように扱うのかを、真剣に研究すべきである。

非線形の数学は、数学や物理学においても、難解な分野である。