ブルースハープのベンドに関する力学的考察〜その3〜

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2016/4/27追記※ブルースハープのベンドについては,当ブログの「ブルースハープ ベンド その 『 原理 』について」をお読み頂く方がわかりやすいかと思います。

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ブルースハープというのは,機械工学,特に,振動や波動を主に扱う私のような者からすると,とても興味深い楽器である。振動や波動に専門的に関わりだしたのは大学4年生からであり,仕事にするようになってからでも29年ほど経つ。

 

私が関わってきた機械的な振動や波動の周波数範囲は,比較的広くて,0.2 Hz〜5 MHzまでは仕事の中で扱ってきた。これだけ周波数範囲が広いと,剛体振動もあれば,構造物の弾性振動,さらに,超音波の伝播までとなり,機械工学的に扱う周波数帯域はほとんど網羅する。

しかし,ブルースハープを真剣に練習し始めてみると,その音階を出す原理に驚かずにはいられない。

メロディを奏でる楽器の音は,普通,弦の振動か管の振動である場合が多い。弦楽器は当然,弦の振動であり,音階(周波数)を決めるのは,

弦の長さ,線密度,そして,張力である。ヴァイオリンやギターの音階は,これらの三つの物理量により決まる。ピアノは「鍵盤楽器」とも言われるが,実際には,ピアノ線をハンマで叩く弦楽器である。

管楽器は木管楽器のフルートやオーボエなどと,金管楽器のトランペットやトロンボーンに区別されるが,音階を決めるのは,空洞共鳴周波数を決定する管の長さになる。

しかし,ハーモニカは音階を「片持ちはり」の共振周波数により決める。ここで,機械振動や材料力学になじみのない方のために補足すると,「片持ちはり」の「はり」は漢字で書くと「梁」である。木造建築は,上下に立つ「柱」と柱と柱を水平方向につなぐ「梁」の組み合わせにより構造が成り立っている。木造構造物の梁は両端が固定されている(両持ちはり)。一方,片持ちはりとは,一端だけが固定されていて,もう一端は自由に振動できるモノをいう。つまり,家の梁を真ん中で切断した状態である。ハーモニカのリードを「梁」と表現することを怪訝に感じる方もいるかもしれない。片持ちはりの英語は”Cantilever(カンチレパー)”である。

楽器の音階を作り出すのに片持ちはりを使用するのであれば,普通に考えると,一音ごとに共振周波数の異なる片持ちはり(リード)を並べる。それが,最も簡単な設計だからである。実際,小学校の音楽に使われるハーモニカは,そのような設計になっている。

しかし,ブルースハープという楽器は,一つのリードを使って複数の音程を出すことが必要な楽器である。片持ちはりの振動を知っている者からするれば,これは常識外れである。「教科書に書いていないこと」である。例えば,私が大学で使った振動・波動の教科書は下の本であるが,片持ちはりの共振周波数の計算の方法は書いてあっても,それを,音楽を奏でるように変化させるようなことは書かれていない。

振動・波動 (基礎物理学選書 (8))
クリエーター情報なし
裳華房

 

ブルースハープは以下のような外観をしている。吹き吸いする穴の位置に1〜10の番号が刻印されている。

穴が10個であるが,ブルースハープは3オクターブをカバーする。穴が10個で吹音と吸音で20の音階となるが,これでは,3オクターブをカバーしきれない。ブルースハープをほとんど練習せずに演奏すると,出ない音程がたくさんある。何も知らずに吹き吸いすると出る音は,以下の通りである。下の五線譜において,8vaとは1オクターブ下の音階として表示していることを表す。


これを,ベンドと言われる演奏技術を利用して,少なくとも,以下の音階を出せるように練習する必要がある。この場合,穴番号1〜4の吸音のベンドと,10番の吹音ベンドが必要である。特に,2番については,その吸音はソ(G)であるが, ソ♭(G♭),ファ(F)まで半音ごとに1音の音階を出せるようになる必要がある。

また,3番吸音は,普通にはシ(B)であるが,シ♭(B♭),ラ(A),さらに,ラ♭(A♭)と,一つの穴の吸音により1音半の音階を刻むことが必要である。

一方,10番の吸音はラ(A)であるが,吹音はド(C)である。そのため,間のシ(B)は吹音により音階を作り出す必要がある。

ブルースハープはキーごとにハーモニカを使い分ける。キーがCとAmであればCのものを,GとEmであればキーがGのものを言った具合である。つまり,ブルースハープを使ってメロディーを演奏する場合には,一般的な平均律の音階ではなく,各キーに転調したドレミファソラシドとして演奏することになる。

TOMBO トンボ 10ホールズハーモニカ メジャーボーイ 1710C
キーC(ハ長調用)
TOMBO
TOMBO トンボ 10ホールズハーモニカ メジャーボーイ 1710G
キーG(ト長調用)
TOMBO

しかし,どのキーのブルースハープを使おうとも,ベンドという奏法から逃れることはできない。

そのため,ベンド奏法については様々なことが言われている。しかし,ハーモニカメーカのホームページを閲覧してもベンド奏法の力学的原理は掲載されていない。そして,教則本を見ると,『舌を丸めろ』とか『口の形を変える』などということが書かれていたりする。

平松悟氏の教則用DVD『ブルースハープの嗜み』はとてもわかり易い教材である。

ブルースハープの嗜み [DVD]
平松悟 作・出演
アトス・インターナショナル

しかし,平松悟氏のベンドについての説明においても,舌の使い方を工夫することに重きが置かれている。そして,その前に口をクチャクチャやってみて とも,言っている。 平松悟氏の助言の通りに舌の使い方を工夫すると,1〜4番の吸音によるベンド(ドローベンド)をできるようになる。しかし,平松悟氏も,ベンドの原理を説明しているわけではない。

また,1〜4番のベンドができるようになっても,出せる音階が制限されることには変わりはない。

前置きが長くなった。この記事を読みたいと思った方は,ベンドを早く身に付けたいと考えている方が多いであろう。そうであれば,ベンドの原理を理解して,それに合った手法を試みるべきである。

※『ベンドとは,ハーモニカの穴を吹く,または,吸う時に,口の中の圧力を変えて,リードを変形させて,リードの共振周波数を変える奏法である。

何を言っているかというと,「吹音によりベンドさせる場合には,お腹の中に空気を沢山溜めて,口の中の圧力を高めて,風船を膨らませるように吹く。このことにより,吹音側のリードが変形し,共振周波数が下がる」。

一方,「吸音によりベンドさせる場合には,お腹の中の空気をできるだけ抜いて,口の中の圧力をで下げて吸う(健康診断において,肺活量測定をする際に空気を吐く前に,可能な限り空気をたくさん吸うのだが,そうすると自然とお腹が凹む。イメージ的にはあの場合である)。この時,単に肺で吸うのではなく,腹筋を使って吸うことが重要である

それでは,一般に言われる「舌の形」とはなんであろうか?

それは,主に,2番と3番の吸音による半音ごとの音階を出す(ドローベンド)場合において,本来は,口の中の圧力(もっと言えば,口と繋がっている食道や胃も)の圧力調整により,リードの変形を調整すべきであるが,それは,非常に難しいため,舌をあたかも圧力調整弁のよう使うのである。例えば,3番穴の吸音ベンドであれば,思いっきり吸ってしまうとラ♭(A♭)になってしまうため,舌の形(これは人によって異なる)により,舌の奥と舌の先の圧力を調整する。これを行うことにより,思いっきり吸った時よりも高いラ(A)の音を出る。これは,2番の半音ベンドソ♭(G♭)の場合も同様である。

私は,ベンドがリードの曲げ変形により音程を変えることまでは気づいていたが,口が出す雑音のシューとかシーとかいう音により振動がリードを振動させるものだと考えていた。

しかし,田中光栄氏のブルースハープ曲集に添付されている模範演奏CDの2番と3番の吸音による1音ベンドの音を聞くと,単音になっている。つまり,マイクにオシロスコープを繋いだら,サインカーブが現れるに違いない音である。シューとかシーとかいう音がリードを鳴らすのあれば,もっと雑音の多い音になる(オシロスコープに現れる波形はゆがんだものとなる)。それが,田中光栄氏の模範演奏にはない。そうなると,リードの固有振動(共振周波数と同じであるが,固有値となると,理論的に求めることになる)が起きていると考えざるを得ない。

模範演奏CD付 ブルースハープ曲集 ハマったら最後、ブルースハープに夢中 名曲の数々を楽しくマスター
田中光栄 編著
ドレミ楽譜出版社

そんなことを考えながら,2番穴と3番穴のドローベンドの練習曲の一つとして「仰げば尊し」を演奏していた。楽譜は,以下の曲集に掲載されている(92頁)。

入門から名曲まで ブルースハープベスト選集 改訂版
デプロ 編著
デプロ

「仰げば尊し」は歌詞「あおげばとおとし」の部分のメロディーが「ミミファソラソミレミファラソ」であるのである。上の楽譜では,4〜7番の穴を使うように書かれているのであるが,それを1オクターブ下げて演奏する練習である。歌えば簡単な曲であるし,曲全体をブルースハープにより演奏しても3〜7番の穴を使う分には,難しくはない(演奏センスのことは置いておいて)。

 

しかし,ブルースハープの1〜4番の穴を使って演奏しようとすると,2番と3番の吸音の1音ベンドであるファ(F)とラ(A)の音が頻発する。ブルースハープの初心者には難易度の高い曲となる。しかし,吸音ベンド(ドローベンド)の練習にはもってこいである。

 

一方,困ってしまう音がある。歌詞でいうと「はやいくとせ」の部分である。この部分のメロディーを手書きであるが楽譜として以下に示す。

 

「はやいくとせ」の「と」の音が1番吹音のド(C)よりも半音低いシ(B)である。この音は,出ない!と思っていた。そのつもりで,2番と3番のドローベンドの練習をしていたのであるが,ある時,シ(B)の音が出た。今では,だいたい,90%以上の確率で出せる。

例を動画で示そう。上の「はやいくとせ」の部分だけの演奏(と,いうか雑音に近いが)である。
仰げば尊しの一節〜1番吹音半音ベンド〜

 

これができると,他の音はどうなる?と考えたくなる。

そして,音符にすると以下の音は,不確実ではあるものの出るようになった。どうしても出ないのは,8番の吸音半音ベンド(レ♭=D♭)と10番の吸音半音ベンド(ラ♭=A♭)である。今,演奏に使えない音も含んだ上で,キーCのブルースハープを用いて以下の音階を出すことが可能になっている。

動画として示すと以下のようになる。音楽というよりほとんど雑音であるので,消音して,右側のiPhoneのクロマチックチューナーの音名に注目してほしい。
ブルースハープベンド音階練習

上記の動画により,1〜7番の穴まで,2オクターブにわたって平均律24+1音の25音階を出している。もちろん,8〜10番の吹音ベンドは全て半音ベンドもしている(10番は1音ベンドしているが)。

すなわち,ブルースハープは,練習さえすれば,3オクターブの平均律が演奏可能な楽器であると考えることができる。3オクターブはピアノに比べた音域は狭い。しかし,ギターの開放弦から12フレットまでを使う場合であれば,キーCの場合には,3オクターブとちょっとである。一つの楽器がカバーする音域として決して狭いとは言えない。

ただし,今の私は,1〜4番の穴を使って演奏するのでさえ,四苦八苦している現状である。しかし,8番と10番のドローベンド以外のベンドを可能になるためには,『舌の形』や『口の形』というものでは,実現し難い。

実現できたのは,上に述べた「口のなか(というか,食道と胃や体全体の力の入れ方を含めて)の圧力を変化させる」という「ベンドの原理」を実践しただけのことである。

この記事において述べた「ベンドの原理」は,片持ちはりの振動の基礎方程式(面倒なことに,偏微分方程式である)に,普通は,パラメータとして与えない,はりの初期曲率(リードのアゲミの最も簡単な数学モデル)を加えて,アゲミの隙間変化による流体力学のベルヌーイの法則を連立させて,その解を得れば良い。どれも既知の方程式であるが,連立させて解くとなると,少し面倒である。

もちろん,ベンドによるリードの共振周波数だけの変化の計算だけであれば,はりの運動方程式とはりの初期曲率の関係を得れば良く,これは,さほど,時間を要しない。検算なども考慮して,まともに私の頭が動くようになれば,16時間(つまり,8時間労働で正味2日)あれば,グラフまで示すことができるであろう。途中,困っても,3日間の作業(ここまでくれば,単なる作業である)で済むと思う。

ただし,今は,偏微分方程式を愉しむだけの心の余裕がない。

 

繰り返しになるが,

吹音ベンドは,風船を膨らませるために,お腹にたくさん空気を溜めて,口の中の圧力を高めて吹くこと」,

吸音ベンドは,吸音ベンドの逆の現象であるため,口の中の圧力を下げて,吸うこと。イメージは,肺活量検査の時に,体にたくさん空気を取り入れるために,お腹に力を入れて吸うのであるが,あのイメージである。」ただし,それを,演奏できる音にしようとするのだから,難しい。

なお,2番と3番穴の半音ごとのベンドは,平松悟氏がDVDで語るように,下の形を色々変えると,調整することができる。

私は,3番の1音ドローベンド(つまりラ=A)の時には,下を英語のLかRの音を出す形にしている。LとRの真ん中くらいと言ってもいいかも知れない。

このブログの先のことを記事にしようとすると,次は,リード変形による共振周波数変化の式から解を得たらになる。それは,だいぶ先になると思う。

 

なお,ブルースハープ初心者の私のような者にクロマチックチューナーは必須である。iPhoneアプリのKAWAIのものは使いやすいが,バッテリーの消耗が激しい。KORGの以下のモノは安価で,メトロノームも付いていて便利である。曲を演奏する前の,スケール練習(ブルースハープの練習にはスケーリング練習が要る)に適していると思う。

KORG コルグ チューナー・メトロノーム(同時使用可能) TM-40 シルバー
クリエーター情報なし
KORG

なお,ブルースハープは魂の楽器とも言われる。まさしくその通りで,呼吸でリードを曲げて音階を作り出すためには,全身に集中しないと,音階を作り出せない。まして,曲の演奏には至らない。

クロマチックチューナーという便利なものがなかった時代に,音を作り出していたブルースハープの演奏者は,まさしく,魂を込めて演奏していたのであろうと思う。しかし,力学を仕事にしている私は,「魂」のままでは,納得いかないので,理屈を考えたのであるが,ブルースハープを演奏するためには,やはり「ソウル」が必要になる。それがないと,音が外れるのだ。

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